耐え忍ぶのが得意な日本人も、ついに我慢の限界となった。それが、この間のインフレだ。生活が厳しくなり、とりわけ現役世代の不満が、一気に参政党の反移民政策や国民民主党の減税ポピュリズムに向かっている。なぜなら、2大政党制の軸である自民党と立憲民主党の主張は似たり寄ったりになっていたからである。
(斎藤幸平の分岐点、その先へ:「左派ポピュリズム」が必要だ 斎藤幸平さんが考える日本停滞の理由 | 毎日新聞)
ポピュリズムとは、複雑な社会構造や政策選択のトレードオフを十分に検討することなく、有権者の不満や不安を単純化された物語と即効性のある処方箋へと回収しようとする政治的言説のことである。 ポピュリズムは当てにならないと思う。右のポピュリズムも左のポピュリズムも。
斎藤氏が「似たり寄ったり」と評した自民党と立憲民主党の政策は、その実態において明確な違いを持っています。 例えば、経済政策においては、自民党が成長戦略や新自由主義的な市場原理を重視する一方、立憲民主党は分配の公正さや格差是正を強く訴えています。 また、憲法改正や安全保障政策、ジェンダー平等などの分野でも、両党は対立的な姿勢を示しています。これらの政策的な差異は、それぞれの支持基盤や政治理念を色濃く反映しており、決して「似たり寄ったり」と一括りにできるものではありません。 もし有権者が両党の主張を区別できないと感じているのだとすれば、それは政党側の情報発信の不手際や、有権者の政治的関心の低さなど、別の要因に帰するべきであり、両党の政策自体が同じであるという斎藤氏の主張は、事実を歪曲している可能性があります。
斎藤氏が用いた「耐え忍ぶのが得意な日本人」という表現は、国民性を画一的に捉える危険なステレオタイプです。 近年の政治的な不満は、インフレという一過性の経済現象だけでなく、非正規雇用の拡大、少子高齢化、閉塞感といった長期的な社会構造の問題が背景にあります。 これらの問題は、個々の生活水準や価値観、置かれた環境によって感じ方が大きく異なります。 したがって、政治的な不満を一律に「日本人の我慢の限界」と総括することは、個々の有権者が抱える多様な苦悩や、その背後にある複雑な社会問題を矮小化することに繋がりかねません。 斎藤氏の主張は、一見すると鋭い社会批評のように見えますが、その根底には、現実を単純化して物語化しようとする安易な姿勢が見て取れます。
左派ポピュリズムが、現行の経済・社会構造に内在する不公正を可視化する点では一定の意義を持つとしても、それが制度設計や実行可能性の検討を欠いたまま動員の言説に留まる限り、右派ポピュリズムと同様に信頼に足る政治的指針とはなりえない。