大倉燁子著。降霊を生業とする美女の失踪事件を切り口に、思いもかけない物語が展開される。強気で快活なS夫人と、狂人と呼んでも差し支えないほど神経衰弱した男・勝田、二人の奇妙な日常が南国タイを舞台に描かれる前半と、その勝田の恐ろしい秘密を綴った後半、そして結末にも期待して良い。ここに載せるには長い話だが読みやすいので苦にはならない。怪談というよりサイコスリラーか。 https://www.aozora.gr.jp/cards/001669/files/54485_49247.html
なお著者の大倉燁子は日本初の女流探偵小説家とのこと。作中で語り手を務めるS夫人は他作品でも頻繁に見られる、言わば江戸川乱歩における明智小五郎役の人物。また、作中で触れられるウィリアム・クルックスは実在する著名な科学者だが、むしろ晩年に傾倒した心霊研究の方が有名かもしれません(フローレンス・クックとのやりとりとか)。コナン・ドイル然り、降霊術を始めとするオカルト趣味は天才の心をも魅了する危険な劇薬になりかねない、といった趣旨が本作からは窺えました。